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レイヤー化する世界

05 /10 2014

レイヤー化する世界―テクノロジーとの共犯関係が始まる (NHK出版新書 410)レイヤー化する世界―テクノロジーとの共犯関係が始まる (NHK出版新書 410)
(2013/06/05)
佐々木 俊尚

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IT技術が進化し、グローバル社会を迎えるこの世界の未来を読み解こうとする本。
未来を予測するまえに、過去の世界の成り立ちの理解から始めているのだが、その部分が、歴史を大掴みできて面白く、とても勉強になった。

国家という概念が生まれる前は、帝国というかたちで世界が運営されていた。
帝国というと邪悪な印象を持ってしまうが、中世以前のそれは、時代にあった世界の運営方法であったと。
権力は集中しているが、その枠内であれば、思想や宗教は自由だし、それなりに平和に生きていけた。
ローマ帝国やイスラム帝国、中国など、世界にいくつかある帝国が、ゆるやかな交易でつながり、徐々に豊かさを向上させていった。
その当時、ヨーロッパは資源も乏しく、かつ帝国に入れない、貧しく野蛮な辺境であったという。
帝国が運営する豊かさから閉め出されたヨーロッパは宗教を拠り所とし、国家という概念を作り出した。
そして同じ宗教、同じ民族であるという拠り所を武器に、強力な軍隊を作り、他国を侵略していった。
また、帝国に入れないヨーロッパは、外に向かう必要があり、結果、アメリカを発見した。
産業革命も手伝い、植民地で資源や労働力を搾取し、自国を豊かにさせる構造が出来上がった。
ウチとソトの構造である。
ソトである植民地の犠牲のうえに、ウチであるヨーロッパ諸国が繁栄する。
ソトである労働者の犠牲のうえに、ウチである資本家の裕福さがある。
そのようにして、何重にもかさなったウチソト構造で世界が運営されている。
これが国家だ。

なるほど、富の偏重が叫ばれる世界で、納得のできる話だ。
我々は、日本という国家にうまれ、この資本主義社会の中で生きてきたため、ついこのシステムがこれからもずっと続くと錯覚してしまう。
が、国家というシステムが使用されてきたのも、長い歴史のたった一部分なのだ。
各所できな臭い事件・変革が起こっているように、国家というシステムもどうやら賞味期限らしい。

これからは少数精鋭による超国籍企業が運営する場(=レイヤー)が世界を飲み込んでいくという。
例えば、iTunesという場で、どんな大物ミュージシャンも、どんなローカルなストリートミュージシャンも、宅録少年も、国境を越えて活動できる場が出来上がってきた。
いろんなレイヤーがあり、いろんな人がいろんな活動をそこで行う。

うむ、まぁ分かるけど、その未来予測はなんともぼんやりとしたものだった。
ま、自分で見つけるしかないね。




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