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一億総ツッコミ時代

06 /09 2013

一億総ツッコミ時代 (星海社新書)一億総ツッコミ時代 (星海社新書)
(2012/09/26)
槙田 雄司

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最近お気に入りのマキタスポーツ。
最近になって、『東京ポッド許可局』や『はたらくおじさん』を聞き始めた。
水道橋博士に「才能が渋滞している」と言わしめるのも納得の、視点・観察・分析を見せてくれる。

そんなマキタスポーツが槙田雄司の名で本を出している。
それが『一億総ツッコミ時代』だ。

確かにテレビを付けると、矢口の不倫だの、誰かの取るに足らない失言など(もちろん看過できない大失言もあるが)、ツッコミに溢れている。
そんな時代の雰囲気を一言でとらえた、期待感のあがるタイトルである。

はじめはテレビの中の芸人だけが使うものだったツッコミが、身近なものになり、みんな使うようになった。
しかし、次第にツッコミ過多になり、揚げ足をとり、閉塞感のある社会となった。
これからはボケに転ぜよと。
そうすればより人生を楽しめると。
うなづける内容である。

閉塞感。
今、自分は猛烈にこれを感じて行きている。
この閉塞感を打破したいと。

私は、対人関係において、割と器用にボケとツッコミを使い分けできていると思っている。
ボケが少ない場であればボケにかまし、ツッコミ不在の場であればツッコミに徹する。

今、閉塞感を感じている職場では、まさにツッコミに徹している。
この職場に来たとき、しばらくモヤモヤしていて、あるとき、こう気づいたのだ。
「ここ、全員ボケやん」
そう気づいてから、ツッコミに徹している。
その職場を退職していったある人からは、送別の言葉として、「あたなのツッコミが好きでした」との言葉をいただいたぐらいだ。

そんな対人関係をうまくいかせるための行いが、自分の行動までもツッコミ属性にさせてまったのだろうか。
つまり、神輿の乗らず、担がず、ただの見物人となっていたのだろうか。

マキタスポーツは表層的な対人コミュニケーション手法としてのツッコミを否定しているわけではないだろう。
自分の人生とどう向き合うかの話である。
もっとボケていけよと。

人間、しょせん糞袋。
恥をかくなどどうってことない。
打算的になってないで、ボケてボケてボケまくるんだ。

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