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演劇1

映画
10 /22 2012


想田和弘監督の観察映画「演劇1」「演劇2」を見てきました。
“観察映画”とは、取材対象に対し、事前取材・打ち合わせを一切せず、ただただ観察するという想田監督のドキュメンタリー手法。
今回は、劇作家・平田オリザと彼が主催する劇団・青年団を映し出します。

私は、まったく演劇というものに接する機会がなくて、平田オリザさんという人も名前を聞いたことがある、という程度でした。
そんな私でも、いや、そんな私だからか、この映画に映し出される演劇の世界にグイグイ引き込まれました。
平田オリザさんのコンマ数秒単位で「そこもうちょっと早く」という演出手法は、宮崎駿にも通じるようなものがあると思いました。
その演出に従うと、確かにその人の感情がよりカラフルに見えてくるというか。

また、劇団入団志望の若者の面接シーンなんていうのもあるんですが、「演劇1」の中ではここが一番興味深かったりしました。
女性と男性の2人の面接シーンが出てくるんですが、まさに「面接を受ける人」を演じているようなんですよね。
特に男性の方は、
「演劇に対して熱い思いを持つオレ…、これ、採用するっしょ?」
みたいな感じで演技してるのがありありと見えてもう・・・w
最初は平田さんに「作家、演出家、役者のどれになりたいのか?」と聞かれて、「っていうかぁ、演劇がやりたいっす」というふわっとした答えをしていたのに、平田さんに軽く説教されて、「じゃ、作家っす。いけるっす。」みたいになっててw

と笑ってますけど、アレ、日々同じようなことを自分もやってますからねw
サラリーマンとして出来るやつと思われるように日々演技してますからねw
つくづく、「人間とは演じる生き物である」と思わされますよね。。
そういう演技がばれると大抵面白くない人に急に思えちゃって、ちゃんと自分の言葉で話さなきゃいかんとも思うですが、本当の自分なんてどこにあるんでしょうなぁ。

オリザさんの優れた脚本と演出で演技している俳優さんを見ている方が、よっぽどリアルでよっぽど魅力的に見えるという不思議。
今、内田樹先生の「寝ながら学べる構造主義」という本を読んでて、そこにも通じる話で非常に面白かったのですが、人間の話すことなんで、自分が主体的に話している訳じゃないと。
まわりの環境やそこで引き受けた役割がしゃべることを決定していると。

そう考えると、さっさと本当の自分なんていうものを捨てて、その場でより有益な人間になれるような演技を身につけた方がよいのかもしれません。
自然体よりも不自然体を。
そんなことを考えちゃいました。

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