データの見えざる手: ウエアラブルセンサが明かす人間・組織・社会の法則

01 /25 2017

海猫沢めろん氏の『明日、機械がヒトになる ルポ最新科学』に登場した矢野和男先生による著書を読了。
腕時計型や首から下げる名札型のウェアラブルセンサで、人間の動きややり取りなどのデータを取ったら、いろいろ面白いことが分かってきたというお話。
これは、組織運営してる人ならすぐにでも導入したいだろうなぁ。
人間の頭で改善策など考えてもたかが知れてるが、AIに考えさせたら実際に業績アップしたという。
個人的にも、あとがきに記載されている「ライフシグナルズ」を導入してみたい。

ライフログを取りたい欲求というのは前からあって、その都度調べてみてはいたが、まだまだテクノロジーが追いついてないなという実感があった。
それでも、iPhoneアプリの充実により、日々家計簿をつけたり、体重を測ったり、食べたものを記録したり、ランニングアプリでトラッキングしたりはしていて、細切れのデータは蓄積していた。
しかし、データを記録すること自体が面倒であるし、集めたデータを生かしきれないということも感じていた。

ちなみに、ランニングアプリである「NIKE+」については「いい線いってるな!」と当時思ったものだ。
使用することで、ランニングへのモチベーションアップが如実に実感できたのだ。 アプリデザインがよく、NIKEのかっこいいブランディングも影響したのだろう。
そして、このアプリを使う目的「走って痩せる」にも直結しているというのが良かった。
これは、書第5章内の「ビッグデータで儲けるための3原則」にも記述されている通り、重要なポイントだ。
それは『第1の原則 向上すべき業績(アウトカム)を明確にする』ことである。
しかし、ランニングだけが痩せる要素なわけもなく、結局痩せるという効果は完璧には得られなかったわけだが。。
それはとりもなおさず、『第3の原則 仮説に頼らず、コンピュータに業績向上策をデータから逆推定させる』ことが出来なかったということにも関連するだろう。

いろんなデータを取れる方法は揃ってきた。
しかし、それとどう活かせば、生活を向上させられるだろう。
そんな疑問に答えてくれる研究を進めておられる矢野和男先生。
これからも注目させていただきます。

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明日、機械がヒトになる ルポ最新科学

12 /01 2016
機械の人間化が進み、人間の機械化が進む昨今。
「人間と機械の境界線はどこなのか」という疑問をもった著者による科学ルポ。
7人の科学者へのインタビューが収録されている。

非常に刺激的でおもしろい。
アンドロイドの石黒浩氏、ビッグデータで幸せを定量化する矢野和男氏、科学的アプローチで幸福を学問する前野隆司氏。
この3人は特に印象に残った。
バリバリ最先端の科学者が、それぞれのアプローチで幸福へ迫る様子は非常に興味深い。

「人間が何かをしようと思う前に、すでに無意識に体は動き始めている」という研究結果があるらしい。
つまり、人間はただ周囲環境に反応しているだけで、自由意思などないのではないか?という話も紹介されている。
なんとも衝撃的ではあるが、そう考えると、我々の悩みなどどうでもいい気がしてくる。
さっさと環境を修正して、楽しく生きればいいだけなのだと。



貧乏という生き方

11 /18 2012

貧乏という生き方貧乏という生き方
(2010/01/22)
川上 卓也

商品詳細を見る

なんか金持ち本より、貧乏本の方が肌に合うなぁ。
金持ち本もいいけども、そこにはなんのために金持ちになるのかという信念が記されていない。
それはもちろん読者それぞれで見つけねばならないからだ。
しかしざっくりいうと、すべては幸せに生きるためということだろう。

だがしかし、金があれば幸せになれるというわけではない。
金は稼げるようにはなったけども、家庭を顧みる余裕もないほど仕事に忙しく、疲弊しきっているというような例はいくつもあるだろう。
そういう意味で金持ち本というのは、大前提である“幸せ”はとりあえず置いておいて、持ってれば多分幸せになれるであろうお金をもっと稼ごうよ、という。
そういった、ある種の盲目感を感じてしまうのである。

その点、貧乏本はまず幸せに生きるということが第一に来ている。
お金というシステムがあることにより、見えづらくなっている自分にとっての本当の幸せを尊重した結果が、貧乏という選択なのだ。
月に100万稼ごうが、20万稼ごうが、人はあればあるだけ使ってしまうのだ。
それだけこの世の中は消費にまみれている。
2,3ヶ月で新製品を出し、広告をうち、キャンペーンをし、店頭で呼びかける。
そして必要も無いのに買ってしまい、幸せを手に入れたような気になっている。

人間の営みというのは、手段と目的が入れ替わってしまうということが往々にしてある。
幸せという目的を果たすために、人々はテクノロジーという手段で、より便利な生活を求める。
しかし、よりよいテクノロジーを手に入れることが目的と化してしまうのだ。

炊飯器でいうと、エコだの本格○○炊きだの、あらゆる機能が付加されてくるが、本当の幸せな食を追い求めるなら、そんな利便性は捨て去り、手間ひまを楽しみながら、土鍋で真においしいお米を炊くことこそが本来の幸せなのである。

押し売りされた幸せはいらない。
自分の幸せをしっかり見つめる必要があるのだ。
しかし、いかに普段の自分の生活が、「生み出す」ことをしてないことかと愕然とする。
もっと生み出したい、それがきっと本来の楽しさのはずだ。

take

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